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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3491号 判決 1968年3月14日

原告 伊藤忠輝

被告 関西電力株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(一)、原告。被告会社は原告に対し、商法第二九三条の五の規定を充足する被告会社第二七・二八・二九期の計算書類附属明細書の謄本を交付せよ。訴訟費用は被告会社の負担とする。

(二)、被告。主文同旨

第二請求の原因

(一)、原告は被告会社の一、〇〇〇株の株式を有する株主である。

(二)、原告は被告会社に対し商法第二九三条の五に規定する計算書類附属明細書謄本を請求したところ、被告会社は「商法第二九三条の五による計算書類附属明細書」という表題の書類三部(甲第一、二、三号証。以下本件附属明細書謄本という。)を送付してきた。そこで原告はその書類中、不明の部分、殊に固定資産の処分について処分物件の所在地数量等の説明を求めたが、被告会社は原告に送付した本件附属明細書謄本で充分であるとして原告の求めに応じなかつた。

(三)、ところで商法第二九三条の五第二項によると計算書類附属明細書には業務及び財産の状況を詳細に記載すべきものとされている。特に固定資産の処分については処分物件の所在地・数量・金額・相手方等の記載が要求されるものと解すべきである。然るに本件附属明細書謄本は大半が項目だけの羅列で重要個所は故意に脱漏又は不実記載がなされている。特に固定資産の処分の記載についてみると、記載されている部分についても不明瞭であるばかりでなく、その他にも多くの物件が処分されているにもかかわらず、処分物件の所在場所・種類・処分価格・相手方等一切の事実関係の記載がない。

即ち、甲第一号証(被告会社昭和三九年上期・第二七期計算書類附属明細書)には固定資産の期中減少額合計即ち固定資産の処分総額は、二三四億一七万九千円と表示されている(甲第一号証二四頁参照。)。然るに固定資産の処分に関する明細の項目には、期間中に譲渡売却した土地建物其他の固定資産僅か一〇件のみ、その処分価額合計では、帳簿価額で一億一〇一五万八千円、譲渡価額で二億三七五三万二千円につき、譲渡物件相手先等の記載がなされているのみで、右固定資産の処分に関する明細の項目だけでも帳簿価額で四一〇九万三千円、譲渡価額で一億一六五五万三千円の固定資産の処分については、譲渡物件・相手先・譲渡価額等一切不明である。更に期中減少額合計二三四億一七万九千円から固定資産譲渡価額として具体的に明示されている前記二億三七五三万二千円を差引いた処分不明のものは実に二三一億六二六四万七千円にのぼつている(以上甲第一号証二六頁参照。)。

次に甲第二号証(被告会社昭和三九年下期・第二八期計算書類附属明細書)には、固定資産の期中減少額合計即ち固定資産の処分総額は五二八億六七〇万三千円と表示されている(甲第二号証二二頁参照。)。然るに固定資産の処分に関する明細の項目には期間中に譲渡売却した土地建物其他の固定資産僅か一三件のみ、その処分価額合計は、帳簿価額で三四二一万三千円譲渡価額で二億四三七二万八千円につき、譲渡物件・相手先等の記載がなされているのみで、右固定資産の処分に関する明細の項目だけでも帳簿価額で一八七万一千円、譲渡価額で五一八一万一千円の固定資産の処分については、譲渡物件・相手先・譲渡価額等一切不明である。更に期中減少額合計五二八億六七〇万三千円から固定資産譲渡価額として具体的に明示されている前記二億四三七二万八千円を差引いた処分不明のものは実に五二五億六二九七万五千円にのぼつている(以上甲第二号証二四頁参照。)。

甲第三号証(被告会社昭和四〇年度上期・第二九期計算書類附属明細書)には、固定資産の期中減少額合計即ち固定資産の処分総額は三一八億二三三二万九千円と表示されている(甲第三号証一七頁。)。然るに固定資産の処分に関する明細の項目には期間中に譲渡売却した土地建物其の他の固定資産僅か一一件のみ、その価額合計、帳簿価額で一八九八万五千円、譲渡価額で一億五二六万二千円につき、譲渡物件・相手先等の記載がなされているのみで、右固定資産の処分に関する明細の項目だけでも帳簿価額で五五九万七千円、譲渡価額で一六三一万五千円の固定資産の処分については、譲渡物件・相手先・譲渡価額等一切の記載がない。更に期中減少額合計三一八億二三三二万九千円から固定資産譲渡価額として具体的に明示されている前記一億五二六万二千円を差引いた処分不明のものは実に三一七億一八〇六万七千円にのぼつている(以上甲第三号証一九頁参照。)。

(四)、以上の次第で本件附属明細書謄本は到底商法第二九三条の五の要件を充足するものではないので、原告は被告会社に対し同条の要件を充足する被告会社第二七・二八・二九期の計算書類附属明細書の謄本の交付を求めるものである。

第三被告の答弁並びに主張

(一)、請求の原因第(一)項の事実中原告が株主であることは認めるが、原告は昭和四〇年六月五日に五〇〇株の株主になつたに過ぎない。

(二)、請求の原因第(二)項の事実は認める。本件附属明細書謄本は商法第二九三条の五の要件を充足するものであり、原告は本件附属明細書謄本を既に受領しているのであるから、再度被告会社の第二七・二八・二九期の計算書類附属明細書謄本の交付を求めることはできない。又仮りに本件附属明細書謄本が同条の要件を充足していないとしても、計算書類附属明細書謄本の訂正を要求することは、株主の権利に属せず、原告の本訴請求は実体法上の根拠を有しない。

(三)、請求の原因第(三)項の事実は否認する。

第四証拠<省略>

理由

一、原告が被告会社の株主である事実及び被告会社が原告の求めにより第二七・二八・二九期の計算書類附属明細書として作成している本件附属明細書謄本を原告に送付し原告がこれを受領した事実は当事者間に争いがない。

ところで原告の本訴請求は要するに、本件附属明細書謄本は商法第二九三条の五の規定が予定している会社の業務及び財産の状況の記載殊に固定資産の処分の明示としては不充分であるから、同条の要件を充足する被告会社第二七・二八・二九期の計算書類附属明細書謄本を交付せよというにある。

二、そこで先ず商法第二九三条の五の計算書類附属明細書の作成公示の制度について考えてみるに、同制度は株主が取締役の違法行為の差止請求権・取締役の責任追及の代表訴訟提起権・取締役の解任請求権等の会社業務の運営監督権を有効適切に行使し得るために、会社の業務及び財産の状況について詳細且つ正確な知識を得る機会を与えるための制度であり、わけても取締役の不正行為は会社の経理に関して最も問題となることに鑑み特に株主の会社経理に関する監督権を強化するための制度である。ところで商法上右と同趣旨の目的にいずる制度として帳簿閲覧権の制度(同法第二九三条の六)・会社の業務及び財産状況の検査の制度(同法第二九四条)があるが、計算書類附属明細書の制度が一株の株主にでも与えられている権利であるのに反し、帳簿閲覧権・会社の業務及び財産状況の検査の制度は発行済株式総数の一〇分の一以上に当る株式を有する株主に与えられている少数株主権である。この差異は計算書類附属明細書の制度は、同法第二八一条の計算書類では会社の業務及び財産の状況を詳細に判別し得ないことからその補充として設けられた制度であるが、不当な会社荒しを防止するため取締役の業務の執行の不正についての本識的な監督は少数株主権の発動に期していることに起因しているものというべきである。従つて計算書類附属明細書の制度は同法第二八一条の計算書類の制度と帳簿閲覧権・会社の業務及び財産状況の検査の制度の中間に位置する制度というべきである。

そして株式会社が商法第二九三条の五の計算書類附属明細書として作成し株主の求めによりその謄本を交付した場合、仮りにその附属明細書が商法の予定する記載事項を充足していない場合であつても、株主は要件を充足する附属明細書を作成してその謄本を交付せよと要求する実体法上の権利を有しないと解するのが相当である。計算書類附属明細書謄本の交付請求権は、同明細書の備置・閲覧・謄写請求権の延長としての性格を有するところ、商法上同種の、定款議事録等の備置・閲覧謄写の制度(同法第二六三条)、計算書類の公告・閲覧・謄抄本交付請求権の制度(同法第二八二条)、会計帳簿の閲覧・謄写権(同法第二九三条の六)等の制度と同様、その実現並びに記載事項の遵守を、取締役の責任(同法第二六六条・第二六六条の三)、過料の制度(同法第四九八条)等によつて確保しようとしたに止まり、更に積極的に商法の要件を充足する附属明細書謄本を作成して交付せよと要求することのできる根拠を見いだし得ない。

三、これを本件について見るに、前判示のとおり原告は既に被告会社が第二七・二八・二九期の計算書類附属明細書として作成しているその謄本の交付を受けており、成立に争いのない甲第一、二、三号証によると右附属明細書謄本は電気の供給に関する明細・設備の拡充改良に関する明細・資本および準備金に関する明細・会社と取締役監査役および株主との間の取引に関する明細・取締役および監査役に支払いたる報酬・金銭の貸付に関する明細・有価証券の取得に関する明細・社債の明細・長期借入金の明細・設備の明細・償却費の明細・固定資産の処分に関する明細・電気事業営業費用の明細・その他参考となる事項の一四項目からなり、固定資産の処分に関する明細の項目を除くその余の項目について本件全証拠により仔細に検討しても、原告主張の大半が項目だけの羅列で重要個所は故意に脱漏し又は不実記載をしているとの事実は認められない。次に、固定資産の処分に関する明細の項目について検討するに、前顕甲第一、二、三号証によると、被告会社第二七期計算書類附属明細書には帳簿価額で一億五一二五万一千円譲渡価額で三億五四〇八万五千円の固定資産が処分され、摘要として譲渡物件相手先として帳簿価額で合計一億一〇一五万八千円、譲渡価額で合計二億三七五三万二千円の明示があり、被告会社第二八期計算書類附属明細書には帳簿価額で五二九九万四千円譲渡価額で二億九五五三万九千円の固定資産が処分され、摘要として譲渡物件相手先として帳簿価額で合計三四二一万三千円譲渡価額で二億四三七二万八千円の明示があり、被告会社第二九期計算書類附属明細書には帳簿価額で二四五八万二千円譲渡価額で一億二一五七万七千円の固定資産が処分され、摘要として譲渡物件相手先として帳簿価額で合計一八九八万五千円譲渡価額で一億五二六万二千円の明示がなされている事実が認められ、右認定に反する証拠はない。(原告は甲第一、二、三号証中設備の明細の項目にある期中減少額合計をもつて固定資産の処分総額の如く主張するが、右証拠によると、右主張は理由がない。)

そうすると、その記載事項において不充分であるとしても、原告はさらに商法の要件を充足する計算書類附属明細書謄本の交付を求める権利を有しないものというべきである。

四、以上の次第であるから原告の本訴請求は理由がないことに帰する。よつて訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部重信 三好吉忠 宮良允通)

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